1. 留保金課税-H19年税制改正前・改正後の数値比較
留保金課税制度は、平成12年~平成22年にかけて改正が重ねられています(特に平成18・19年改正が大きなものでした)。現行法(平成25年)では、期末資本金の額が1億円以下の会社(※)については適用がないこととなっております。
(※)資本金の額が5億円以上である法人による完全支配関係がある会社については、1億円以下であっても留保金課税の適用を受けることになります(平成22年改正)。
この改正のインパクトは、国税庁HPで公表されている「会社標本調査」(第11表)を見ると、よくわかります。
留保金課税の対象とされる「特定同族会社」はH19改正前には1,958,532社(全体の約75%)であったものが、改正度の直近H22の数値では、6,933社(全体の0.3%)となっています。大多数の会社さんはこの税制に頭を悩まさなくなった-ということが数字に表れています。
ただ金額ベースではどうでしょうか。
「会社標本調査」(第8表)によれば、H19改正前に課税留保金額7,517億円・同税額1,053億円であったものが、H22では課税留保金額2,248億円・同税額392億円となっています。特定同族会社の「数」は約99%減少したのに対し、「税額」は3~4割を維持している形です。
もう少し突っ込みますと、この8表ベースで、留保金額が出る会社は特定同族会社の中でも約半分の3,677件(事業年度数ベース)。そのうち留保金額10億円以上の187件(事業年度数)で全体の税額全体の62%の246億円(1事業年度あたり約1.3億円)ですから、大法人さんの留保金課税というのは強烈ですね…。
上場会社でも「同族会社」というのは有り得る話(有報記載数値があるのに利益連動給与が使えない等)ですが、「特定同族会社」まではなかろう…と思っていたのですが、なんとコチラの方は、有価証券報告書の税効果の注記に「同族会社の留保金課税」がある会社を見つけてきてしまいました!(よく見てますね~)
【参考ブログ】 ロックオン2.0
上場していても、実際に売買で動いている株式は一部-ということはママありそうですが、意外ですね(IPOで手放さなかった創業者株式ですかね。相続税の対策もしていると思いますが…)。こちらで取り上げている会社さんも当初名証セントレックスで上場したようですが(現在、東証・名証上場)、新興市場-マザーズ、ジャスダック、Q-board、アンビシャス-での資金調達量が比較的少ない上場ならば、ありそうな気もしないでもないです(※)。現在は、こういう会社さんが留保金課税の対象とされているんでしょうか…。
2012年は3億円以下の資金調達額(公募のみ)の会社が17社あります((3)2012年 新規上場会社分布状況(資金調達額)参照)。
2. 留保金課税の本で「残しておきたい」もの!
という訳で、現法下で留保金課税の本が「実務必携」か?と言われますと、そうではありません(特定同族会社が法人の0.3%ですからね…)。
ただ、平成22年改正のグループ税制絡みのことも考えると捨てづらい-。「オススメの本」というよりは、「捨てないで!取っておいて!」という本が1冊あります。
この本は一般書店等では、もう手に入りません。ただ、高値がついているのかな?と思いきやブックオフ等で700~1200円ぐらいで取引されているようですね(2013/01現在)。私だったら2,500円(定価)でも買いますが…。
目次を見ると「こんなこと昔、調べたなあ…」というものが、いくつもあります。
【本書の解説例・要約】
Q10 「被支配会社でない法人」の範囲 (p38) | 「会社でない法人」(ex.公益法人等)と「被支配会社でない会社等」 |
Q11 種類株式を犯行している場合の判定 (p45) | 「株式数基準」では普通会社と変わらない |
Q12 持分会社(合名、合資、合同会社)の判定 (p48) | 「社員数判定」も必要 |
Q13 相互持合株式がある場合の判定と留保金課税の適用の有無 (p49) | 通常通り判定。ただし法基通16-1-3注意。 |
Q19 株主等が民法上の組合・匿名組合・投資事業組合である場合の判定 (p66) | 組合は法人でない。民法共有理論より組合員を1人でカウント。ただし匿名組合は、営業者が業務執行者であるため組合を1人としてカウント。 |
Q20 株主等が従業員持株会である場合の判定 (p71) | 組合持株会ならば持株会を1人としてカウントせず、各従業員を1人でカウント・判定。 |
Q25 株主等が外国法人・米国LLCである場合の判定 (p89) | 外国法人も1人株主としてカウント(特殊関係者に注意)。ただし外国法人そのものは留保金課税の適用はない。米国LLCが株主の場合は、原則として外国法人として取扱うものの実態に応じて判断。 |
Q48 組織再編の留保金課税 (p178) | 非適格合併・分割が行われた場合の譲渡損益は「所得等の金額」から除外するが、「当期留保金金額」から控除される法人税等の計算には含める。 |
Q49 連結納税と留保金課税 (p180) | 連結親法人が「特定同族会社」である場合には、すべての連結法人に対して留保金課税の適用あり。 |
Q50 会社再建と留保金課税 (p187) | 繰越欠損金の利用するタックスプランニングを立てているときには、思わぬ留保金課税の洗礼を受けないように注意する。 |
Q54 上場会社と留保金課税 (p198) | 判定上は非上場と変わらない。株主変動・被支配株主ではない法人の判定を慎重に |
条文列挙タイプの本でなく、図解も豊富。よく悩むところをピンポイントで解説して頂き、この本は大変重宝させて頂きました<(_)>
3. 本書の「留保金課税の最低限」「実効税率」を現行法に置き換えたら…
本書pp152~p158には、「Q41 留保金課税の課税最低限」「Q45 留保金課税の実効税率(ここでは法人税・住民税合算税率をいいます)」が解説されています。
現行法では「特定同族会社」に該当しないケースがほとんどなので、気にしなくても良い論点ですが、H18以前ではよくシミュレーション計算していた論点でした。
本書はH19刊行なので、現行法(H25)の税率で置き換えてみたいと思います(「特定同族会社」に該当してしまったら…の論点です)。
【引用・一部改】 本書p44 [前提条件] ① 法人税率を25.5%(改正前30%)とします。従って留保所得金額から控除される住民税の負担率は5.2785%(法人税率25.5%×住民税率20.7%)となり、両者を合わせた税率は30.7785%(改正前約36%)となります。 ※復興特別法人税等は考慮外とします。 ② その事業年度の所得金額=留保所得金額であると仮定します(社外流出・利益処分なしと想定)。 ③ 留保控除額については、定額基準額の年2,000万円を用いることとし、積立金基準額は考慮外とします。 ※青太字の税率など一部引用者が現行法に改めています。 |
本書刊行当時では、法人税率30%なので、法人税率+住民税率を約36%として課税最低限と実効税率(法人税率+住民税率※)として次のように記載しておりました。 ※留保金課税は一時差異でないので、事業税を考慮していない形で「実効税率」と表現している個人的には理解しています。
[留保金課税の課税最低限] 本書p152~153 税率36%
繰越欠損金がないケース | 課税最低限 約3,125万円 | 所得金額×(1-36%)-2,000万円=0 ∴所得金額=3,125万円 |
繰越欠損金が十分にあるケース | 課税最低限 2,000万円 | 法人税等は生じない ∴欠損控除前の所得金額=2,000万円 |
[留保金課税の実効税率(法人税・住民税合算による税率)](資本金1億円超) 本書P155改
法定の特別税率
課税留保金額 | 税率 |
年3,000万円以下 | 10% |
年1億円以下 | 15% |
年1億円超 | 20% |
資本金1億円超の場合 本書P155に加筆
所得金額 | 税率 (法人税+住民税) | 計算過程 |
約3,125万円 | - | (定額基準) |
約3,125万円 ~5,000万円 | 0% ~約2.9% | (定額基準) 5,000万円までは定額控除有利 (所得金額×40%<2,000万円) |
5,000万円 ~1億2,500万円 | 約2.9% | (所得基準) ①課税留保金額=所得金額×(1-36%-40%) =所得金額×24% ②税額=①×10%×(1+0.207) =所得金額×約2.9% ※レンジ上限(特別税率10%の上限) 3,000万円÷24%=約1億2,500万円 |
1億2,500万円 ~約4億1,700万円 | 約4.3% | (所得基準) 税額=(所得金額×24%)×15%×(1+0.207) =所得金額×約4.3% ※レンジ上限(特別税率15%の上限) 1億円÷24%=約4億1,700万円 |
約4億1,700万円超 | 約5.8% | (所得基準) 税額=(所得金額×24%)×20%×(1+0.207) =所得金額×約5.8% |
これを現行法の税率で置き換えて、本書の思考で課税最低限・実効税率を求めるならば、下記の通りになります。
[留保金課税の課税最低限]
繰越欠損金がないケース | 課税最低限 約2,890万 (改正前(30%)3,125万円) | 法人税等税率30.7785%より 当期留保金額=所得金額×(1-30.7785%) 課税留保金額(当期留保金額-留保控除額2,000万円)をゼロとする所得金額は、 所得金額×(1-30.7785%)-2,000万円=0 ∴ 所得金額=約28,892千円 |
繰越欠損金が十分にあるケース | 課税最低限 約2,131万 (欠損金改正前 2,000万円) | 繰越欠損金が十分な場合は法人税等が生じなかったが、大法人の繰越欠損金の控除は所得の80%を限度とすることとされた(H23.12改正)。他の調整項目がないと仮定すれば、 当期留保金額 =欠損金控除前の所得金額×(1-20%×30.7785%) =欠損金控除前の所得金額×93.8443% 課税留保金額(当期留保金額-留保控除額2,000万円)をゼロとする所得金額は、 欠損金控除前の所得金額×93.8443%-2,000万円=0 ∴ 所得金額=21,311千円 |
[留保金課税の実効税率(法人税・住民税合算による税率)]
上記の前提で、感覚的に留保金課税の実効税率(法人税・住民税合算による税率)をつかみたい場合には、次表のようになります。
資本金額1億円超の法人
(本書「Q45 留保金課税の実効税率」をH25現行税率に置き換えたもの)
所得金額 | 実効税率(法人税 +住民税) | 計算過程・考え方 |
所得金額が2,890万円までのレンジ | - (定額基準) | 年2,000万円の定額控除より課税留保金額が生じないため、留保金課税による税額は生じない。 |
所得金額が2,890万円~5,000万円のレンジ | 0~3.5% (定額基準) | 所得金額が約2,890万円を超える場合であっても、5,000万円に達するまでは定額基準が所得基準(所得等の金額※×40%)より有利。 ※所得等の金額=所得金額と仮定。 ①5,000万円以上になると所得基準が有利となる 課税留保金額 =所得金額×(1-30.7785%-40%) =所得金額×29.2215% ②3,000万円÷29.2215%=102,664,134円までは特別税率10%なので、 税額=課税留保金額(所得金額×29.2215%)×10%×(1+0.207)≒3.527% |
所得金額5,000万円~1億266万円のレンジ | 約3.5% (所得基準) |
所得金額1億266万円~3億4,221万円 | 約5.3% (所得基準) | 1億円÷29.2215%=342,213,780円までは特別税率15%なので、 税額=課税留保金額(所得金額×29.2215%)×15%×(1+0.207)≒5.29% |
所得金額3億4,221万円超 | 約7.1% (所得基準) | 342,213,780円を超えると特別税額は20%なので、 税額=課税留保金額(所得金額×29.2215%)×20%×(1+0.207)%≒7.054 |
置き換えてみて初めて気がついたのですが、法人税の税率が引き上げられた場合、税額が少なくなるため課税留保金額は大きくなる→留保金課税の特別税率は変わらないので、結果として留保金課税部分の実効税率は高くなる-ということになるようですね。まあ、その増加分が30%→25.5%の引き下げ分(4.5%)を超えるということはありませんが…(この計算は若干不安なので、間違っていたらお許し下さい<(_)>)。
4. 感想等
こんなに「使える本」も税制改正により、書店から消えていってしまいました。留保金課税自体は、長年、中小企業を苦しめた税制でしたので、H19の税制改正で資本金1億円以下の法人が課税されなくなったのは嬉しい限りですが、良い本が書店から消えてしまうのは…少し複雑な気分ですね。
平成8年11月の税制調査会の「法人課税小委員会報告」では、下記のように指摘されていました。
13.同族会社に対する留保金課税 現行法人税法では、同族会社が各事業年度の所得のうち留保した金額から留保控除額を控除した残額に対し、10%から20%の税率で追加的に特別の法人税を課税することとしている。同族会社に対する留保金課税については、中小企業の自己資本の充実を阻害するものであり、廃止ないし非課税水準の大幅な引上げを行うべきであるとの指摘がある。 しかし、留保金課税制度は、同族会社の過大な所得の留保部分に対して一定の課税を行うことにより、間接的に配当支出の誘因としての機能を果たしつつ、法人形態による税負担と個人形態によるそれとの負担差を調整しようというものである。現行の法人税と個人所得税の基本的仕組みを前提とする以上、当然に必要とされる制度であると考える。 留保金課税制度については、非課税とされる「金額基準」が累次にわたって引き上げられ、適用法人数の割合がかなり小さくなっていることからみても、現行の水準は既に相当高いものとなっている。したがって、現行の「金額基準」の引上げは、本制度の趣旨からみて、適当ではないと考える。 なお、欠損金の繰越控除の適用により当期の所得が生じない場合であっても留保金課税が行われるのは問題ではないかとの意見があり、これに対しては、当期の所得の社内留保に着目する留保金課税の趣旨からは当然のことであるとの意見があった。 |
留保金課税について、正面から向かい合えば、「法人擬制説」や「法人実在説」の議論に行き着きます。その趣旨で言えば「現行の法人税と個人所得税の基本的仕組みを前提とする以上、当然に必要とされる制度」という指摘はわかる気がします。一方で、「中小企業の自己資本の充実を阻害」という課題があった。この指摘以後の顛末-平成10年代後半の度重なる改正-はご存知の通りです。
ただ、諸外国でもある制度ですし(例:アメリカ Personal Holding Company Tax)、今でもH22税額で400億円もある制度です。0.3%の法人しか対象になりませんが、どっこい生きてます-という感じでしょうか。
最後までご覧頂き、有難うございます。
いつも長文で申し訳ございません<(_)>
FC2ブログランキングに参加しました。 ポッチっとして頂けると嬉しいです!
↓↓↓↓↓