1. 山本守之先生の「通常要する費用」の解説 ~ 「検討 税法上の不確定概念(第2版)」(H16)
山本守之先生の「検証 税法上の不確定概念(第2版)」(中央経済社 H16)は、税法上の「不確定概念」―「相当程度」「相当期間」「不当に」「正当な理由がある場合」「著しい下落」「おおむね」…の解明に取り組んだ書籍です。内容的には、形式基準を取扱った「税務形式基準と事実認定」(中央経済社 初版はS62.。第3版はH12)の裏返しの部分もあるので、一部内容が重複します。
「はしがき」でも、この「不確定概念」(抽象的・多義的概念)は、課税要件明確主義の立場から批判されるところなのですが、「形式基準」ついても「法規自体が硬直的になり、取引の背景を配慮した適正な法解釈ができなくなってしまう恐れがある」(p3)とし、これらは「両刃の剣」であるとしています。
本書では、交際費パートでは「通常要する費用」について取り上げています。
交際費の規定である租税特別措置法第61の4において、「通常要する費用」が用いられているところは下記の4か所になります。
すなわち、
① 従業員慰安費用における「通常要する費用」(措法61の4) ② 広告宣伝のために「通常要する費用」(措令37の5②一) ③ 会議等における飲食費用の「通常要する費用」(措令37の5②ニ) ④ 新聞・雑誌等の編集費用における「通常要する費用」(措令37の5②三) |
の4か所です。
ここで、このパートでの山本先生の指摘を要約すると、次の3点にまとめられると思います。
(1) 措法61の4③の除外規定は「確認規定」か「創設規定」かと問われれば、「創設規定」である。 これは目的論的解釈ではなく、文理解釈からの帰結で、単なる例示規定と解される。
(2) 金子宏教授の不確定概念についての2類型(「課税要件明確主義に反するという考え方」か「課税要件明確主義に反するものではないという考え方」)でいえば、措法61の4③の「通常要する費用」は、「課税要件明確主義に反するものではないという考え方」に当てはまるものと言える。
(3) 「通常性」は「行為の通常性」と「費用の通常性」により判断される。 |
この除外規定は、一見不明瞭に見えるが、ここでの「通常要する費用」は一種の中間概念であり、趣旨・目的や「業務との関連性」「行為の通常性」「費用の通常性」に照らせば、その範囲を理解することができる。よって課税要件明確主義には反するとは言えない―ということのようです。
2. 除外規定と「通常要する費用」の解釈
上の3点の指摘事項については、それぞれ次のように説明されています。
(1) 除外規定の解釈
【要約・図表化】 山本著 pp208~209
措法61の4③の括弧書き
確認規定とする見解 (交際費の範囲を狭くとらえる考え方) | 従業員慰安費用等は「その支出形態が交際費等の支出に類似しているということから、誤解を避けるため注意的に除外した」とする見解(松澤智「新版租税実体法(補正第2版)」、p329) → 従業員慰安費用等の隣接費用については、交際費等に該当しないと考えるのが原則であり、「通常要する費用」を超えた場合のみ交際費に該当する(結果的に、交際費の範囲を狭くとらえる考え方)。 |
創設規定とする見解 (交際費の範囲を広くとらえる考え方) | 「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為という部分が支出の態様を画すると同時に、目的をも規定したもの」(碓井光明「交際費等の意義と範囲」(税務弘報31巻2号p11))とする見解。 → 従業員慰安費用等の隣接費用の支出は、本来交際費に該当し、一定の支出における「通常要する費用」に限り、交際等から除外するという考え方(結果として交際費等の範囲を広くとらえる考え方)。 |
山本先生は、「法文の文理解釈からは、確認規定ととらえるのは、難があるように思える」(p209)という立場のようです。なお、交際費の課税趣旨(冗費・濫費の抑制)の解釈から除外規定を限定的に解釈して、交際費を広くとらえるという考え方もあろうが、単なる例示的規定と解するべき(山本守之「交際費等の理論と実務(改訂版)」、p63)であろう(p209)―としています。
(2) 不確定概念と通常要する費用
【要約・図表化】 山本著 pp208~209
不確定概念の考え方(金子宏「租税法(第9版)」、p83)
課税要件明確主義に反するという考え方 | その内容が一般的ないし不明確であるため、公権力の恣意や乱用をまねくおそれがあるものであり、終局目的ないし価値概念を内容とする不確定概念が、それである。 このような不確定概念を用いた場合には、その租税法規定は課税要件明確主義に反して無効であると解すべきであるとする。 |
課税要件明確主義に反するものでないという考え方 | 中間目的ないし経験概念を内容とする不確定概念であって、一見不明確に見えても、その趣旨・目的に照らしてその意義を明確になし得るものである。 それは、租税行政庁に自由裁量を認めるものではなく、当然に裁判所の審査により、その必要性と合理性が認められる限り、この種の不確定概念を用いることは課税要件明確主義に反するものではないと解すべきとするのである。 |
「不確定概念」と交際費の「通常要する費用」との関連については、金子先生の「不確定概念の考え方」の2類型を示しつつ、次のように指摘しています。
① 交際費等の概念自体は、限度額方式の下において形成されたラフな交際費等の範囲の考え方(碓井、前掲書、p13)を歴史的背景としているので、現在も曖昧さを有しているといえる(p209)。
② その曖昧さを明確にするためにカッコ書き等の除外規定が設けられているが、その除外規定自体が「通常要する費用」という不確定概念を使用しているため、交際費等の範囲の外延を除外規定の存在により明確にするのは困難である(高梨克彦「交際費」税法学300号、p17)という考え方もある(p210)。
③ 除外規定における「通常性」の判断は、後述する「行為の通常性」と「費用の通常性」を充たすかによりなされることとなる。「通常要する費用」と不確定概念の関係については、交際費等の除外規定における「通常要する費用」の定義は、いずれも「専ら従業員のために行われる」等の例示があり、前述の不確定概念を2つに分けるという考え方によれば、後者の明確な中間目的を持つものと解釈することができる(p210)。
※ 除外規定の不確定さを補うため、実務においては、通達(租税特別措置法通達61の4(1)-9他)においてかなり詳細に規定されており、それによっている。 |
(3) 福利厚生費と交際費の区分
【要約・図表化】 山本著 pp208~209
交際費等と福利厚生費の区分基準=①業務の関連性、②行為の通常性、③費用の通常性の3つの基準を充たす必要がある(大淵博義「役員給与・交際費・寄附金の税務(改訂増補版)」、税務研究会、p425以下)
「業務の関連性」「行為の通常性」「費用の通常性」を充たすもの | 福利厚生費 |
「業務の関連性」がない、もしくは「行為の通常性」がない、従業員への支出 | 給与 |
「業務の関連性」「行為の通常性」はあるが、「費用の通常性」を欠くもの | 交際費 |
また、上の4つの「通常要する費用」に関連して、「除外の理由」を次のように説明されています。
【要約・まとめ】 除外の理由 山本著 p210以下
区分 | 除外の理由 |
従業員慰安費用における「通常要する費用」 | 文理的には従業員に対する「慰安」は交際費等に該当するが、「福利厚生費」については、「業務の関連性」「行為の通常性」「費用の通常性」を有する限り、法人が負担するのが相当であり、交際費から除かれるべき。 よって「専ら」「通常要する費用」の制約を付して交際費等から除外することとした。このことは法人の社会的冗費抑制の目的には反しない(東京高裁S57.7.28)。 |
広告宣伝のために「通常要する費用」 | カレンダー、手帳等の不特定多数に対する配布について、慣習的であるとか、金額が僅少であるから交際費等から除外するのだという説明がされることがあるが、そもそもこれらの物品は社名入りであったりすることが多く、本質的に広告宣伝用の物品であると考えるのが当然である。 したがって、物品の種類、属性に着目して理解するのではなく、主として広告宣伝的効果を意図したものであるかという「行為の目的」により判断する。カレンダー等は広告宣伝のための物品贈与の例示に過ぎず、物品の贈与の目的が重要である。従って、「通常要する費用」とは広告宣伝を目的とした物品贈与のための通常要する費用ということになる。 |
会議費等における飲食費用の「通常要する費用」 | これらの費用は通常企業の内部費用と考えられ、交際費に本来該当するかどうか疑問のところであるが、除外規定にはこれが取り上げられている。 措通61の4(1)-21は「会議に際し社内又は通常会議を行う場所において通常供与される昼食程度を超えない飲食物の接待に要する費用」とし、注書きにおいて「会議には、来客との商談、打合せ等が含まれる」としている。通常は弁当、ビジネス、ランチ程度のものが考えられよう(S54改正前旧通達では「酒類は伴わない」との文言は削除されているので、軽い飲酒の伴う程度のものは会議費に含まれる) |
新聞・雑誌等の編集費用における「通常要する費用」 | 接待供応に準ずる行為であることは否めないが、座談会、取材等の実態に着目、さらに特殊な業務に配慮した措置と考えるほかない(山本、前掲書、p56) |
広告宣伝のための「通常要する費用」は、「第66回」の社名入りゴルフボール、「第70回」のクオカードで取り上げたものです(どれも山本先生の書籍からの引用です)。主張は一貫していますね。
3. 吉田素栄先生の交際費における「不確定概念」の解説
~税務弘報2013年2月号 特集「法人税+更正の請求・税務調査手続の不確定概念」
上記の「検討 税法上の不確定概念」が何年もの間、改訂されなかったので寂しかったのですが、税務弘報 2013年 02月号 [雑誌]で「法人税+更正の請求・税務調査手続の不確定概念」が特集されました。総論は山本先生が書かれていますが、通則法(更正の請求/税務調査手続)、法人税法(役員給与/交際費/寄附金/評価損/行為計算/組織再編税制/国際税制)の各論は9人の先生が担当されています。 ここでは吉田素栄先生の担当された交際費のパートの一部をご紹介します。
まず、「不確定概念の限界」として増田英敏先生の「不確定概念が課税要件法定主義に抵触しない3条件」に触れています。
【引用】 pp39~40 不確定概念の限界 (交際費等からの除外規定する福利厚生費、広告宣伝費、会議費、編集取材費については、)いずれも「通常要する費用」という不確定概念(抽象的・多義的概念)が用いられている。
このような不確定概念が容認されるのは、多様化複雑化する経済事業を対象とする租税法を過度に形式的かつ硬直的に適用し、執行すると課税の公平を確保できない事態を招くからである(増田英敏「リーガルマインド租税法(第3版)」、p30)。
(中略)
法令や通達に書かれていない基準が独り歩きするような状態は、不確定概念が租税法の形式的、硬直的適用を回避し課税の公平を図るという本来の機能を果たさず、逆に課税要件法定主義に反するというマイナスに機能しているケースといえるであろう。
さらに、不確定概念は抽象的、多義的文言であるため課税要件明確主義に抵触するか否かの問題である。
この点に関し増田英敏教授は3つの基準から判断すべきことを指摘している(増田、前掲p31)。
(1) 不明確な規定であっても立法趣旨を踏まえた趣旨解釈によりその意味を明確にできるか否か (2) その規定による公権力の恣意や乱用を招くおそれがあるか否か (3) その不明確な文言の使用に課税の公平を確保するといった合理的理由が存在するか否か |
租税法が法規である以上、不確定概念について解釈によりその意味を明らかにできないとすれば、その法は適正な申告納税のための行為規範として機能していないこととなる。そしてさらに言えば、納税者の予測可能性を確保できないばかりか、公権力の恣意的課税を誘発し、ひいては納税者の権利を確保できないであろう。
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あとは「実務雑誌」に掲載されることを意識して頂いてのことだと思いますが、「通常要する費用」として法令・通達で「金額基準」に言及しているかという観点でまとめられています。これはかなり有難いものでした。記載部分を引用・図表化すると次のとおりになります。
【要約・図表化】 税務弘報2013年2月号 pp42~44
区分 | 法令 | 通達・判例等 | 金額基準への言及 |
福利厚生費との区分 | 措法61の4③ | 措通61の4(1)-10 | 通達においても、福利厚生費の形態を例示するにとどまり、金額の基準は特に示されていない。 これは「通常要する費用」が金額の多寡によって交際費になったり福利厚生費になったりするのではなく、専ら従業員の慰安のために行われる支出はもともと福利厚生費であり、支出形態が交際費と類似しているがゆえに、誤解を避けるために注意的に除外した確認規定であると解さなければならない(管理人注:松澤先生の「確認規定」説を援用)。 |
広告宣伝費との区分 | ― | 措通61の4(1)-9 | 通達において、不特定多数の者に対する広告宣伝的効果の意図するものは広告宣伝費の性質を有するものとして広告宣伝費に該当するものを例示し交際費から除外しているが、金額の水準については言及していない。 これは、交際費等と広告宣伝費との基本的な区分として①「支出の目的」(交際費は「事業関係者等との間の親睦度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることが目的。広告宣伝費は広告宣伝効果が目的」)と②「支出先が事業に関係ある者等の特定の者か不特定多数の者であるか」によって区別されていると解される。 |
措令37の5②一 | 措通61の4(1)-9 | 広告宣伝的効果の意図と同時に具体的な金額は明示していないが「少額であるもの」という一定の金額的な基準を設けている。 |
会議費との区分 | 措令37の5②ニ | 措通61の4(1)-21 | 通達においては、「会議に際して社内又は通常会議を行う場所において通常供与される昼食程度を超えない飲食物等の接待に要する費用」は、措令37の5②ニ「会議に関連して茶菓、弁当その他これらに類する費用」に該当するものとされている。水準は昼食程度であり、会議費には商談や打ち合わせを含む。5,000円基準の適用のない旨も明らかにしている。 また、会議が単なる名目、形式にすぎず、会議として実態を備えているといえない場合には、その費用は交際費から除外することはできない。会議の実態を備えているかどうかは、開催場所、会議の議題及び内容並びに支出内容等を総合的に検討して判断すべき。(神戸地裁平4.11.25判決) |
新聞、雑誌等の編集取材費との区分 | 措令37の5②三 | ― | これは特殊な業種に対しての措置であるとされる(武田昌輔編著「会社税務釈義」(第一法規加除式)2055の15頁) 「これらの業種については、接待、供応等に準ずる行為が編集等について不可避的な面があり、たとえば製造業における原材料的な意味合いもあることから、通常要する費用に限り損金不算入の範囲から除外している」(実務法人税法研究会編著「会社税務の実務1巻」(第一法規加除式)3453頁) |
吉田先生は、山本先生と異なり、除外規定を「確認規定」とする立場(松沢先生などの説)で読まれているようですね。
最後のまとめとして次のように記されています。
【引用】 p44~45 3 「通常要する費用」は課税要件明確主義に反するか否か 増田英敏教授が指摘するように不確定概念を条文上用いても、次の3つの基準から判断できるならば、課税要件明確主義に抵触はしない。
この点に関し増田英敏教授は3つの基準から判断すべきことを指摘している(増田、前掲p31)。
(1) 不明確な規定であっても立法趣旨を踏まえた趣旨解釈によりその意味を明確にできるか否か (2) その規定による公権力の恣意や乱用を招くおそれがあるか否か (3) その不明確な文言の使用に課税の公平を確保するといった合理的理由が存在するか否か |
よって、不確定概念を解釈・適用するにあたって交際費等から除外される費用は、これら交際費等の立法趣旨を踏まえた上で区別されなければならない。交際費の場合は、冗費濫費を抑制し、資本の充実維持が立法趣旨となる。
また、「通常要する費用」というように金額の基準が設けられていないのだから、課税庁側で1人1万円というような運用基準を設けて税務行政を行うことは、公権力の恣意や乱用を招くおそれがあり認められない。金額ではなく、あくまでもケースバイケースで交際費等の立法趣旨を踏まえながら丁寧な解釈・適用と執行が求められるべきであろう。
さらに、福利厚生、広告宣伝、会議、編集取材の内容ややり方が、時代とともにその形態を変え当初想定されていた形態を超えて多様なものへと変遷していくことを考えれば、「通常要する費用」という不確実概念を用いて弾力的に運用することは決して課税の公平の観点からも不合理なものといえないであろう。
むすび 不確定概念は、弾力的な解釈が求められるがゆえに時として納税者や実務家を悩ませる部分でもある。一見、形式的な基準があればどんなに明快で簡便かと思うことも多々あるであろう。しかし、安易に形式基準に流れることは一方で多様化する現在の経済環境下では特に課税の公平が確保できない事態を招く恐れがあるということを認識しなければならない。
それは、つまり租税法が課税の公平のためにせっかく用意している解釈権を納税者が自ら放棄するということになるのではなかろうか。 |
5000円基準ができて「楽になって、よかった…」と思ってしまった自分のような人間には耳が痛い話で…身が引き締まる思いがします。飲食5000円基準については、「第67回」で取り上げましたが、山本先生の御本でも「金額基準」の設定には批判的でしたね。おそらく、吉田先生も同様なのではないでしょうか。
4. 感想等
交際費関係でブログを書いてきましたが、結局、この分野は何だかんだ言っても山本先生の書籍に辿りついてしまう―という感じでした。あと1回ほどで交際費は終わり?にしたいと思っております。